1.はじめに
『停車場』125号を手に取ってくださったみなさん、浅野学園鉃道研究部にお越しいただきありがとうございます。高校二年の**です。2年以上研究を執筆せずにいたら、いつの間にか自分が掲載できる最後の研究となってしまっていました。今まで執筆できなかった分、最終号ということで張り切って書いていこうと思います。
さて、今回は「京王線の未来」というテーマについて考えてみたいと思います。人口減少や新型コロナウイルスの流行などにより社会情勢が大きく変化していく中で、鉄道路線が生き残るにはどうすればよいのでしょうか。都市鉄道全体を俯瞰したうえで、その方法を京王線という具体的な路線で考えてみたいと思います。あまり書きなれない文章構成なので、うまく書けるか不安ですが、最後までよろしくお願いします。
2.京王線の概要
京王電鉄京王線は、東京都新宿区に位置する新宿駅から、東京都八王子市に位置する京王八王子駅までの約37.9kmを結ぶ大手私鉄の路線です。途中の調布駅からは相模原線が、北野駅からは高尾線が分岐し、それぞれの路線から新宿駅までの直通列車が運転されています。また、笹塚駅から京王線の線増部(京王新線)を通じて、都営新宿線と直通運転を行っています。なお、今回の研究では、京王線・相模原線・高尾線によって構成されている運行体系を「京王線」と呼ぶこととします。京王線は典型的な通勤通学路線で、沿線には多くのベッドタウンを抱えていますが、高尾山などへの行楽輸送の役割も担っています。2018年2月のダイヤ改正からは、新型車両5000系を用いた座席指定列車「京王ライナー」が運行されています。
▲京王線・高尾線・相模原線の路線図(一部の駅のみ表記)
▲京王線で運行されている8000系(左)
▲京王線と直通運転を行う都営新宿線の10-300(右)
3.都市鉄道に迫る未来
それでは、ここからは研究の本題である「京王線の未来」について考えていきたいと思います。それにあたって、一旦京王線から視点を広げ、都市鉄道全体に訪れる未来について考えてみましょう。
3-1.減少していく旅客と運賃収入
都市鉄道が今後対応していかなければならない最大の課題は、旅客の減少であるといえるでしょう。様々な要因により、今後の鉄道旅客数は減少していくことが予想されています。
その大きな要因の1つとして、人口減少が挙げられます。日本の人口は2008年をピークに年々減少しており、生産年齢人口(15~64歳)に限って見ると、1996年から減少の一途をたどっています。また、これまで微増し続けていた大都市圏の人口も、これからは減少の局面に入ると予測されていて、東京都でも2025年から人口減少が始まるとされています。人口が減少すれば、当然ながら旅客も減少します。これによって、今後の鉄道会社の経営が大きく圧迫される、ということが言われ続けていました。
そこにさらに追い打ちをかけたのが、「新型コロナウイルスの流行」です。2020年4月7日に発令された緊急事態宣言により、外出の自粛が広く要請されました。これにより、多くの学校が休校し、企業が出社制限を行ったほか、娯楽施設の大幅利用制限などが行われました。
▲コロナ流行前(2019年度)と後(2020年度)の日本の鉄道の総旅客数を表したグラフ
▲コロナ流行前(2019年度)と後(2020年度)の首都圏主要路線の混雑率
緊急事態宣言発令直後にコロナ流行前の3~4割程度にまで減少した旅客数は、現在は回復傾向にあります。しかし、リモートワークの定着など、生活様式が変化したことにより、コロナ流行前の水準まで需要が回復する可能性は低く、コロナ流行前の8~9割までしか客足が戻らないとする鉄道会社が大多数です。
旅客の減少は、運賃収入の減少に直結し、経営を大きく圧迫します。そのため、各鉄道会社はこの問題に早急に対応することが求められています。
3-2.都市鉄道に求められること
では、今後減少していく旅客数に対して、各鉄道会社はどのように対応していく必要があるのでしょうか。私は「列車運行コストの削減」と「旅客数の維持」の2つの方法があると考えます。それぞれ詳しく見ていきましょう。
①列車運行コストの削減
どの鉄道会社も、将来、利用客が減少してしまうことを避けることはできません。利用客が減少すれば、現在の鉄道設備やサービスは過剰なものとなってしまいます。そのため、利益を最大化するためには、旅客の減少具合に応じて輸送サービスの適正化を行っていく必要があります。
この適正化を行う上で、もっとも考えやすい方策が列車の減便です。列車の減便を行うと、電力使用量が減少するほか、乗務員の乗務の減少による人件費の削減、運用車両の減少によるメンテナンス費用の削減などが実現でき、旅客の輸送効率を高めることができます。利用率の低い列車が多く運行されるようになった路線では、路線全体の列車運行本数を減らして適正化することで、持続可能な輸送体系を実現できるでしょう。
実際に、コロナ流行による旅客数減少を踏まえて、多くの鉄道会社がダイヤ改正で減便を行っています。JR東日本は2022年のダイヤ改正で首都圏の多くの路線で減便を行い、東京メトロは2022年8月のダイヤ改正で日中の銀座線の本数を約3割減らしました。また、小田急電鉄ではダイヤ改正で列車を減便し、車両運用を効率化したことにより、保有車両数を80両削減し、メンテナンス費用などの削減を行いました。これまで、ダイヤ改正といえば列車の増発というのが当たり前だったのですが、これからの時代はより輸送効率を高めるべく、減便も積極的に行うことになるでしょう。
また、近年のダイヤ改正では、JR東日本の首都圏近郊の路線を筆頭に、車掌が乗らずに運転士のみが乗務する形態のワンマン運転が拡大されています。ドアの開閉などといった車掌の業務を運転士が行い、1列車あたりの乗務員数を削減することで、人件費の大幅削減につながります。
▲JR東日本で、ここ数年で新たにワンマン化された路線
▲ワンマン運転に対応するため、新たに房総地区等に導入されたE131系
また、自動運転によって運転士の乗務を廃止する、ドライバレス運転の技術開発も行われています。多くの鉄道会社は、運転士の習熟を自社負担で行っています。この負担が車掌育成費に比べて非常に大きいため、ドライバレス運転が実現されれば、乗務員の習熟費用を大きく削減することができるのです。
②旅客数の維持
人口減少に伴う旅客数の減少を避けることは非常に難しいでしょう。しかし、その状況下において少しでも鉄道を利用してもらえるよう、鉄道会社が積極的に需要の創出を推進するべきであると考えます。ただ、一口に需要の創出といっても、鉄道利用の目的によってその手段は大きく変わってきます。そこで、鉄道やバスの利用目的を調査した内閣府のデータを参考にしたいと思います。
▲鉄道やバスの利用目的に関する国勢調査(2016年)(世論調査 – 内閣府 より引用)
このデータを見ると、公共交通の利用の目的として一番大きいのは「通勤・通学」、続いて「日常的な買い物」と「外食・娯楽」が同程度となっているのが分かります。新型コロナウイルス流行の影響により、これらの割合に多少の変動が起こっていると推測されますが、これら3つが鉄道利用目的の多くを占めていることは変わらないと思われます。ここでは、これら3つの利用目的を持つ利用客を維持することを考えてみましょう。
まず「通勤・通学」を目的とする利用客を維持するには、沿線の価値向上が必要でしょう。日本の人口減少が進んでいくと、当然ながら沿線人口も減少していきます。沿線外から通勤・通学客需要を拾うことはできないので、沿線に住んでもらうことが必要です。そのためには、沿線の価値向上を行う必要があるのです。
「日常的な買い物」については、沿線に新たな商業施設を開業することによって、新規の利用客を獲得し、利用客を維持することができるでしょう。ただ、「日常的な買い物」ということは、長距離を移動することが考えづらく、同一の鉄道路線内での移動であることが想定されるため、沿線の価値向上が前提となることに留意が必要です。
「外食・娯楽」については、沿線にある観光地を開発し、行楽客を呼び込むことで鉄道を利用してもらう、という方法があります。小田急電鉄でいえば箱根や江の島、京王電鉄でいえば高尾山、東武鉄道でいえば日光などがあげられるでしょう。観光地開発に鉄道会社が積極的に参画し、沿線以外の需要を取り込むことで、より安定した旅客需要の創出が実現できます。
このほかにも、旅客数を維持する方法はさまざまですが、これからの時代は、この旅客数の維持に鉄道会社が積極的になる必要があるでしょう。
それでは、ここまでの内容を簡単にまとめてみます。
・今後、都市鉄道の旅客数は減少し、収入が減少していくことが予想される
→「列車運行コストの削減」と「旅客数の維持」によって、安定した経営基盤を構築するべき
・「列車運行コストの削減」を実現する手段…A.列車の減便、B.ワンマン運転の導入 など
・「旅客数の維持」を実現する手段
…C.沿線の価値向上、D.商業施設の開業、E.観光地の開発 など
これらのことを踏まえたうえで、以降の章では京王線の現状について調べ、どのような解決策をとるのが適切か考えていきたいと思います。
4.京王線の現状とこれから
では、前章にあげた「列車運行コストの削減」と「旅客数の維持」という、実現するべき2点について、京王線における現状や、これからどうしていくべきなのかを具体的に見ていきます。
①列車運行コストの削減
A.列車の減便
京王線では、朝時間帯や夕方以降の時間帯は、沿線と都心との間の通勤通学輸送の規模が非常に大きく、多くの優等列車で混雑率が高くなっています。そのため、この時間帯に減便を行うことは難しいです。一方で、日中時間帯には1時間に21本もの列車が運行されているにも関わらず、特急列車以外は空席がみられるほど空いていることが多くなっています。ここの本数を減らすことで、本数の適正化が実現できるでしょう。
・減便ダイヤ案
京王線の日中時間帯のダイヤは20分サイクルで構成されており、1サイクルあたり特急3本、快速または区間急行が合わせて2本、各駅停車が2本の7本で構成されています。この1サイクルあたりの本数を6本に減らすことを考えてみます。
▲現在の京王線の平日下りダイヤ
(橋本行き特急は京王多摩センター駅~橋本駅間各停、京王新線の一部列車を省略)
まず、新宿駅~調布駅間において減便できる列車を考えます。新宿駅や京王新線から千歳烏山駅以西を利用する乗客は、特急から乗り継ぐことによって各駅に先着できるため、20分あたり3本の特急に集中します。そのため、各駅停車や快速、区間急行を利用する乗客は限られ、混雑率が非常に低くなっています。特に、千歳烏山駅で特急からの乗り換え客を受けない区間急行は設定意義がうすいため、減便を行うのであれば区間急行を減らすのが良いでしょう。
では、調布駅より西側で減便できる列車はあるのでしょうか。各駅に停車する種別は京王線方面と相模原線方面ともに1時間に6本の設定となっています。これらを減便すると各駅の利便性が大幅に低下してしまうため、これらは維持するべきでしょう。一方、調布駅以西で通過運転を行う特急は、京王線方面に1時間に6本、相模原線方面に1時間に3本設定されています。どちらも減便は可能なのですが、所要時間の大幅増加や列車間隔の乱れを招きかねず、利便性の大幅低下を免れられません。そのため、調布駅以西で減便を行うのは適切でないと考えます。よって、笹塚駅以東(新宿駅側)からの列車は笹塚駅で、調布駅以西(京王八王子駅・橋本駅側)からの列車は、構造上調布駅での折り返しができないため、つつじヶ丘駅で折り返しを行います。これによって、笹塚駅~つつじヶ丘駅間で減便を図ることが可能です。
ダイヤは以下のようになります。
▲減便後のダイヤ 区間急行の運行区間を縮小している
(橋本行き特急は京王多摩センター駅~橋本駅間各停、京王新線の一部列車を省略)
このようにすることで、車両の運用を1運用削減することができます。
ただ、抜本的な減便とは言えない程度の運用削減数であるほか、つつじヶ丘駅での折り返しは上り本線上で行われることから、ダイヤが乱れた際に遅延を回復することも難しくなります。運用数削減によるメリットよりも、減便による利便性低下のデメリットが上回ってしまう可能性があるため、この減便は慎重に行うべきでしょう。
B.ワンマン運転の導入
京王線でワンマン運転を行うのであれば、どのような形態が良いのでしょうか。
まずは運転士のみが乗務するワンマン運転についてですが、これは同じ京王電鉄の競馬場線と動物園線での導入実績があります。これらの路線では利用客が少ないため、列車発車時の側面監視を簡略化することでワンマン運転を実現しています。ただ、京王線のような利用客の多い路線では側面監視を簡略化することができません。東京メトロ副都心線では、利用客が多いものの全駅にホームドアを整備することによって安全性を確保していますが、京王線では、つつじヶ丘駅や西調布駅など、ホーム幅が狭くホームドアを設置できない駅が複数存在します。そのため、運転士のみが乗務するワンマン運転を導入するのは難しいでしょう。
▲つつじヶ丘駅の駅端部 ホームドアを設置できる幅がない(左)
▲競馬場線のワンマン列車 短編成、短区間かつ低乗車率ゆえに運転士の負担は軽い(右)
また、ドライバレス運転については、現在JR東日本が行っているドライバレス運転の技術開発が完了してから導入するのがよいでしょう。京王線には踏切が複数存在しますが、踏切内を監視するシステムが整いきっていないため、いますぐの導入はできません。しかし、技術が確立された後であれば、人件費の削減効果や技術の導入費用などを考えてもドライバレス運転を行う意味があると考えます。
②旅客数の維持
旅客数を維持する方法として3.章のまとめで挙げた【C.沿線価値の向上、D.商業施設の開業、E.観光地の開発】の項目のうち、現在京王電鉄では【E.観光地の開発】を積極的に行っています。京王電鉄が京王線沿線で開発を行っている観光地、娯楽施設として高尾山や多摩動物公園エリアなどが挙げられ、また、ラッピング車両の運行によるサンリオピューロランドとのタイアップなども行われているほか、新宿駅から高尾山口駅まで直行する座席指定列車「Mt.TAKAO号」の運行や動物園線の増発による利便性向上策なども打たれています。さらに、京王線沿線にある東京競馬場や味の素スタジアムなどでイベントが行われる際に、臨時列車の運行や特急の臨時停車を行うなど、沿線外からの利用客へのサービスに力を入れています。そのため、京王線では【C.沿線の価値向上、D.商業施設の開業】の2つに力を入れていくべきでしょう。
そこで、現在京王線で進行している連続立体交差事業による高架下のスペースを活用することを提案したいと思います。京王線では、笹塚駅~仙川駅間の踏切の除却を目的として、線路を高架化する事業が行われています。この事業が完成されると、笹塚駅~仙川駅間の約7.2kmにわたって、高架下にスペースが生まれることになります。このスペースを活用しつつ、【C.沿線の価値向上やD.商業施設の開業】を実現する方法を考えてみましょう。
・連立事業区間の高架下の活用法
連立事業が行われる区間の沿線は基本的に住宅地です。そのため、高架下に入る施設は、基本的には介護施設や子育て支援施設などの公共施設が良いと思います。また、利用客が多く、人通りが比較的多い駅については、新たに商業施設を開業させるとよいと考えます。連立事業区間内の各駅が、どのように開発されるべきか分類してみましょう。
ⅰ)公共施設の拡充
代田橋駅、上北沢駅、芦花公園駅の周辺は一般的な住宅地であるため、高架下に公共施設を整備し、住宅地としての価値を高めるのが良いと思います。
ⅱ)商店街との共存
駅周辺に商店街が発達している下高井戸駅、千歳烏山駅が該当します。街に活気があり、駅の利用客数も多いため、新規の商業施設を開業した場合、多くの利用を見込めます。しかし、商業施設と商店街との間で客を奪い合う構図となり、商店街の衰退を誘発しかねません。そのため、これらの駅の高架下は、連立事業によって立ち退きを強いられた店舗に戻ってもらう程度にとどめるのが良いと考えます。
▲下高井戸駅前の様子 他駅と比べ、商店街の規模が大きい
ⅲ)新規商業施設の開業
明大前駅や桜上水駅では、新たに小~中規模の商業施設を開業させるとよいと考えます。明大前駅付近には明治大学が、桜上水駅付近には日本大学のキャンパスが立地しており、商業施設には一定の利用が見込まれます。さらに、明大前駅には特急を含めた全列車が停車するため利便性が高く、より遠方からの集客も期待できます。また、桜上水駅は併設されている車庫も同時に高架化されることにより広大な用地が生まれるため、中規模の商業施設を開業させるのに適していると考えます。これまではただの住宅地であったこの地区に新たな商業施設を開業させることで、新たな需要を喚起することができるでしょう。
5.まとめ
・京王線では、日中時間帯の減便は慎重に行うべき
・将来的に、運転士が乗務しない形態でのワンマン運転を導入するべき
・明大前駅や桜上水駅に新たな商業施設を開業させることで、新規鉄道旅客需要を喚起し、旅客数を維持するべき
6.あとがき
いかがだったでしょうか。なかなか文章の構成がまとまらず、執筆を早めに始めたというのに結局駆け足で書き終える結果となってしまいました。そのため、文章が煮詰まりきっていない状態で停車場に掲載することになり、非常に悔しいです。とはいえ、最後に執筆しようと決めていたテーマを執筆しきることができたので一安心です。
さて、気がついたら、停車場に掲載できる最後の研究を書き終えてしまいました。鉃道研究部にいた4年間はあっという間に終わったようで、文化祭や撮影会の出来事を思い出すと意外と長かったなぁとも感じます。いずれにしても、よい仲間たちと一緒に、とても楽しい4年間を過ごすことができました。同輩たちに感謝します。ありがとう。
そして、私たちは今回の文化祭を持って引退となります。これまで共に鉃研で活動してくれた後輩たち、無力な部分を支えてくださった顧問の先生方にも感謝したいと思います。ありがとうございました。これからも、より良い鉃道研究部を目指してほしいと思います。
最後に、ここまで私の研究をよんでくださったみなさん、最後まで読んでくださり
本当にありがとうございました!
7.参考資料
京王グループ
https://www.keio.co.jp/
JR東日本:東日本旅客鉄道株式会社
https://www.jreast.co.jp/
総務省統計局ホームページ
https://www.stat.go.jp/
世論調査 – 内閣府
https://survey.gov-online.go.jp/
政府統計の総合窓口
https://www.e-stat.go.jp/
ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/
おことわり:Web公開のため一部表現を変更させていただきました。掲載されている情報は研究公開当時のものです。現在とは若干異なる場合があります。
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